apron2019’s diary 

誰もが来やすいカフェを作ることにしました。一般社団法人エプロンのブログ

あれから4年、9/28は伝え合う日に…。

私事ですが、

本日は息子の誕生日。

と、いうことは

ちょうど、四年前のこの日に

主人が大動脈乖離で倒れたのだった。

あの日の私は

仕事はお休みで、

介護家族のお話会を開催する予定だった。

さぁ、出かけようとした時に

主人の会社から

電話が入った。

「ご主人が倒れました。

救急搬送します。

おそらく手術になります。

すぐに病院に来てください。」

そのあとのことは

もう夢中で

各所に連絡したことぐらいしか

覚えていないのだが…

 

一番印象に残っているのは

治療方針や、延命治療について

選択しなきゃいけなくなったら

どうしようと

いうことだった。

主人から

何も聞いていなかったから。

健康だった、体力自慢だった人が

倒れるなんて思っていなかったから。

介護もそうだが、

病気や看護も突然やってくる。

 

病院では

やはり尋ねられ

延命治療はしない方向でと

答えた。

主人の家族にどう伝えよう。

私じゃない誰かの命の選択をする

責任の重さに震えるほど

恐怖を感じたのだった。

 

ありがたいことに

主人は手術せずに済み

今では社会復帰している。

 

流石に2年くらいは

聞けなかったのだが、

旅に出かけた時に

今後のことを話し合った。

それは、今後の私たちのお守りみたいなものだ。

 

母の介護の際の経験と

この経験から作ったのが

エプロンの伝えあいノート。

 

エンディングノートではない。

今、大切な人に伝えておくこと。

伝えておきたいこと。

いまから、自分と家族

周りの人たちが

お互いの気持ちを伝えあい

幸せに生きるために

かきとめておくノートです。

 

9/28は

私の家族の伝えあいの日にしようと

思っている。

 

 

 

 

 

 

あれから4年、9/28は伝え合う日に…。

私事ですが、

本日は息子の誕生日。

と、いうことは

ちょうど、四年前のこの日に

主人が大動脈乖離で倒れたのだった。

あの日の私は

仕事はお休みで、

介護家族のお話会を開催する予定だった。

さぁ、出かけようとした時に

主人の会社から

電話が入った。

「ご主人が倒れました。

救急搬送します。

おそらく手術になります。

すぐに病院に来てください。」

そのあとのことは

もう夢中で

各所に連絡したことぐらいしか

覚えていないのだが…

 

一番印象に残っているのは

治療方針や、延命治療について

選択しなきゃいけなくなったら

どうしようと

いうことだった。

主人から

何も聞いていなかったから。

健康だった、体力自慢だった人が

倒れるなんて思っていなかったから。

介護もそうだが、

病気や看護も突然やってくる。

 

病院では

やはり尋ねられ

延命治療はしない方向でと

答えた。

主人の家族にどう伝えよう。

私じゃない誰かの命の選択をする

責任の重さに震えるほど

恐怖を感じたのだった。

 

ありがたいことに

主人は手術せずに済み

今では社会復帰している。

 

流石に2年くらいは

聞けなかったのだが、

旅に出かけた時に

今後のことを話し合った。

それは、今後の私たちのお守りみたいなものだ。

 

母の介護の際の経験と

この経験から作ったのが

エプロンの伝えあいノート。

 

エンディングノートではない。

今、大切な人に伝えておくこと。

伝えておきたいこと。

いまから、自分と家族

周りの人たちが

お互いの気持ちを伝えあい

幸せに生きるために

かきとめておくノートです。

 

9/28は

私の家族の伝えあいの日にしようと

思っている。

 

 

 

 

 

 

あれから4年、9/28は伝え合う日に…。

私事ですが、

本日は息子の誕生日。

と、いうことは

ちょうど、四年前のこの日に

主人が大動脈乖離で倒れたのだった。

あの日の私は

仕事はお休みで、

介護家族のお話会を開催する予定だった。

さぁ、出かけようとした時に

主人の会社から

電話が入った。

「ご主人が倒れました。

救急搬送します。

おそらく手術になります。

すぐに病院に来てください。」

そのあとのことは

もう夢中で

各所に連絡したことぐらいしか

覚えていないのだが…

 

一番印象に残っているのは

治療方針や、延命治療について

選択しなきゃいけなくなったら

どうしようと

いうことだった。

主人から

何も聞いていなかったから。

健康だった、体力自慢だった人が

倒れるなんて思っていなかったから。

介護もそうだが、

病気や看護も突然やってくる。

 

病院では

やはり尋ねられ

延命治療はしない方向でと

答えた。

主人の家族にどう伝えよう。

私じゃない誰かの命の選択をする

責任の重さに震えるほど

恐怖を感じたのだった。

 

ありがたいことに

主人は手術せずに済み

今では社会復帰している。

 

流石に2年くらいは

聞けなかったのだが、

旅に出かけた時に

今後のことを話し合った。

それは、今後の私たちのお守りみたいなものだ。

 

母の介護の際の経験と

この経験から作ったのが

エプロンの伝えあいノート。

 

エンディングノートではない。

今、大切な人に伝えておくこと。

伝えておきたいこと。

いまから、自分と家族

周りの人たちが

お互いの気持ちを伝えあい

幸せに生きるために

かきとめておくノートです。

 

9/28は

私の家族の伝えあいの日にしようと

思っている。

 

 

 

 

 

 

あれから4年、9/28は伝え合う日に…。

私事ですが、

本日は息子の誕生日。

と、いうことは

ちょうど、四年前のこの日に

主人が大動脈乖離で倒れたのだった。

あの日の私は

仕事はお休みで、

介護家族のお話会を開催する予定だった。

さぁ、出かけようとした時に

主人の会社から

電話が入った。

「ご主人が倒れました。

救急搬送します。

おそらく手術になります。

すぐに病院に来てください。」

そのあとのことは

もう夢中で

各所に連絡したことぐらいしか

覚えていないのだが…

 

一番印象に残っているのは

治療方針や、延命治療について

選択しなきゃいけなくなったら

どうしようと

いうことだった。

主人から

何も聞いていなかったから。

健康だった、体力自慢だった人が

倒れるなんて思っていなかったから。

介護もそうだが、

病気や看護も突然やってくる。

 

病院では

やはり尋ねられ

延命治療はしない方向でと

答えた。

主人の家族にどう伝えよう。

私じゃない誰かの命の選択をする

責任の重さに震えるほど

恐怖を感じたのだった。

 

ありがたいことに

主人は手術せずに済み

今では社会復帰している。

 

流石に2年くらいは

聞けなかったのだが、

旅に出かけた時に

今後のことを話し合った。

それは、今後の私たちのお守りみたいなものだ。

 

母の介護の際の経験と

この経験から作ったのが

エプロンの伝えあいノート。

 

エンディングノートではない。

今、大切な人に伝えておくこと。

伝えておきたいこと。

いまから、自分と家族

周りの人たちが

お互いの気持ちを伝えあい

幸せに生きるために

かきとめておくノートです。

 

9/28は

私の家族の伝えあいの日にしようと

思っている。

 

 

 

 

 

 

都会にもエプロンありますか?

こんにちは松江です。

昨日、三軒茶屋に行ってきました。

芸能人が店にいたりして

都会のおしゃれ街

用事のあと

視察と称して二軒ほどハシゴして

見映えの良い

おいしいものを食べて来ました。

 

こんな素敵なインテリアで、

「エプロン三茶店」をやったら

楽しいだろうなーと

ワクワクする

楽しい時間でした。

 

しかし…

 

こんな素敵店ばかりで、

年上の皆さまは

行くところあるのだろうか?

と、少し心配に…

 

エプロンみたいな店は

あるのかな?

あるといいなと思います。

 

都会にもご高齢の方

いますよね?

 

 

9月の介護のいろは開催しました。

9月の介護のいろは

開催しました。

 

昨年から

近くの訪問介護の事業所の

ヘルパーの方々が

研修の代わりにと

受けに来てくださっています。

今年も前回と今回、沢山の方が

ご参加くださいました。

とてもありがたく嬉しいことです。

 

お仕事をされている

介護のプロの方々の前でお話しするのは

気が引き締まる思いです。

 

今回のテーマは

認知症って何?

初期症状と進み方でした。

 

認知症の種類や進み方については

世の中に沢山資料があるので

読めばわかるところがあります。

 

エプロンの介護のいろはでは

なるべく、具体的な例を挙げて

お話しする様にしています。

 

徘徊という言葉ひとつとっても

ただ、目的なく外に出て

歩いていると捉えるか

それぞれ個々人目的があって

外に出ていると捉えるかで

対応も変わります。

 

その対応が変わり、

環境が整えられたら

外に出ることはなくなるかも

しれない。

 

そんなお話しをさせていただくと

ヘルパーの皆様は、深くうなづきながら

きいてくださいました。

 

帰り際、

今まで、医学的、科学的な説明を聞いたことは何回もあるけれど、ここまでケアの実際のところに沿った認知症の説明を聞いたのは初めてで、わかりやすかったです。

とお声かけをいただきました。

 

何よりも嬉しいひとことでした。

 

来月は

認知症予防について

お話しします。

 

10/22()10:30から11:30

参加費は1,000(ワンドリンク付き)

 

 

 

 

施設に入ることは不幸なことなのか?

8/27(土)

介護講座 介護のいろは

施設介護って何?

〜施設の種類と特徴〜

を開催しました。

 

「施設」という言葉からは

まだネガティブなイメージが強く感じられます。

 

実際、私も以前はそうでした。

母に施設に入ってもらうことイコール

母を捨てること。

と勝手に思い込み…

もうだめだと思うまでは意地でも

自宅介護をしようと

決めていましたから。

 

でも、主人が倒れ

母の介護が難しくなり

自分の意思とは関係なく

母には施設に入ってもらうことになり

その後、亡くなるまで

施設(特別養護老人ホーム)で

過ごすことになりました。

 

施設に入った母に

一ヶ月後に会いに行った時

驚いたのは

自宅にいる時より

肌艶がよくなり、血色もよく

身綺麗になり

穏やかな表情をしていたこと。

 

施設では

母の歯や飲み込みの状態に合わせた

プロが作った食事を

時間をかけて食べさせてくれていました。

 

お風呂にも

定期的に入れてもらえ

肌の状態も確認して

保湿剤をぬり

傷がつきそうなところは

保護されていました。

 

髪も訪問美容で整えられている。

 

自宅で

私一人で頑張っても

やってあげたくても出来なかったことが

全て叶っていました。

 

今までの私の

あの苦労はなんだったのか?

いや、あの状況

母もしんどかったのかもなぁ。と

無駄な手間や

方向の違う努力をしていたのかもしれないということを

認めたくないけど…

認めなきゃいけない事実が目の前にありました。

 

仕事をしながら

家事をしながら

デイサービスに通っていたものの

その他のサービスをうまく使わない

そんな状態でしていた苦労は

結局は自分も母も辛くしていたんだなぁ。

 

あの時

介護は家で家族がすべき

とか

私は母を捨てた人だと思われたくない

とか

ちゃんとお世話して母から認めてもらいたい

という思い込みや意地

自分のエゴでやっていた介護だったことに

気付けてよかった…と

 

いや、もっと早くに

気づきたかったよね、私。

 

施設では

介護のプロが

チームを組んで

仕事として

母の介護にあたってくれます。

 

だから昔の私に教えたい。

 

施設に入ることは不幸なことではない。

ネガティブなことばかりじゃない。

自宅で過ごすときでも

人の力借りることは恥ずかしいことじゃないよと。

 

もちろん

施設ならなんでもいいわけではありません。

 

ご本人の状態に合った施設か?

介護される方との相性はいいのか?

介護士の数は足りているか?

 

などなど

施設選びは大切です。

 

今回の介護のいろはでは

施設を考えるための

基本的なことをお伝えしました。

 

次回の介護のいろはは

9/10(土)

10:30から11:30

認知症って何?

認知症の初期症状と進み方

です。

 

 

今年の6月に母を看取り

これからは私の歳の重ね方

生き切る道を見つめていく番になったと

感じています。

 

視点を変えた講座も

やっていけたらと

考えているところです。

 

筆:松原